となりの物語
10年、形にできなかった。
15年で、やっと気づいた。
この場所が目指すもの
仕事との在り方を、自分で考えられる人を増やしたい。
誰もが、自分の仕事に納得して働いている未来。そんな未来が、いつか来てほしいと思っています。
変わったほうがいい気がする。だけど、何を変えればいいのか分からない——そんな人に、転職メディアは求人を差し出し、自己啓発は努力を説き、AIは答えを即答します。けれど、考える過程に隣り合う者は、なかなかいません。
だから今、仕事との在り方を、あなたと、隣で考えたいと思っています。
そう思うようになったのには、理由があります。ここから先は、私自身の体験談です。
流れのままに、営業職を選んだ
就職活動のとき、私はそれほど深く考えませんでした。「営業は潰しが効く」と聞いて、営業職を選びました。自己啓発本には「苦手なことに挑戦すれば成長できる」と書いてあって、コミュニケーションが得意でなかった私は、それを信じて飛び込みました。
結果から言うと、10年、形になりませんでした。
成績が極端に悪かったわけではない。でも、しっくりきていない。それなりの達成感や楽しいと思えたこともあったが、馴染まなかった。「もっとやれるはずだ」と思い続けながら、その感覚が現実にならないまま、10年が過ぎました。
合っていないと認めたら、逃げになる気がした
途中から、うっすら気づいていました。この仕事は、自分に合っていないかもしれない、と。
でも、認められませんでした。認めたら、逃げになる気がしたのです。「苦手なことから逃げる人間」になりたくなかった。だから、合っていない感覚を脇に置いて、続けました。
今から思えば、それは逃げではなく、ただ「仕事との在り方がうまくいっていなかった」だけでした。でも当時の私には、その言葉がなかった。
10年働いて、事務職に転換した
10年を営業職で過ごし、事務職に転換しました。今まで経験のない、人事労務や会計などの処理をおこなう事務職の仕事です。
転換して5年、15年働いて、ようやく気づいたことがあります。規程を読んで整理すること、制度についてわかりやすく伝えること、自分や誰かが困らないように環境を整えること——こういう仕事に、自分は向いていたのだと。
営業が悪かったのではありません。振り返れば自分は営業でもツールを作って共有したり、情報を整理して同僚に説明することが多かった。私は変わっていなかった。
自分の在り方を知らずに選んだことが、ミスマッチを生んでいた。自分に合った「仕事との在り方」をしっかり考えていれば、営業を続けていたかもしれない。どんな経験も、使い方次第だったのだと、ようやく分かりました。
この場所をつくった理由
もっと早く知っていたら——そう思いました。仕事との在り方を自分で考える、という発想が、あのころの私にはなかった。
転職メディアは出口を差し出し、自己啓発は努力を煽り、AIは即答する。でも、考える過程に隣り合う場所は、なかなか見当たらなかった。
だから、自分でつくることにしました。答えを売る場所ではなく、考える過程を記録する場所を。10年のミスマッチと、15年目の気づきと、今もまだ続いている問いを、自分のために静かに置いておく場所を。誰かのとなりで、悩みつづける自分を置いておく場所を。
それがTonariJobです。